プロフェッショナルな世界のこと5〜パリデザイナー症候群
ある時、友達のフアッションデザイナーに愚痴をこぼしてみた。デザイナーと付き合うのは難しいと。もちろん彼がデザイナーだと知っていて。
デザイナーとの仕事は、出来栄えや、成果、考え方に広がりが出る。思い通りに行かない事がある反面、思いも拠らない所へ行ける。失敗したと思っていても意外に評価され、またその逆のことが起こる。仕事として確かに面白い。
ただしデザイナーとの関係は、精神的な学びにも繋がっているのが興味深く同時に問題だ。そこでかなり心地よくないことが起こるから。
よくあるのはデザイナーの決断を受け入れがたい事。でも頭を柔軟に出来れば彼らのこだわりも見えて来てこの状況を楽しむ事さえ出来る、少なくとも順調に計画が進んでいる時は。
相反して、会う度にデザイナーの意見が変わるような時は要注意。プロの花形デザイナーでもどうしたいのか解らなくなることがあるだろう。そういう場合は、心静かに対応しないといけないが簡単ではない。
レステゼン、「Restez zen」直訳すると「禅の状態にとどまる」か。フランス人は”zen”この言葉を頻繁に使う。うっかり油断しているとフランス人に禅を説かれるはめになる。そうなると余計に頭に血が上る。
「全然っ違う!」と言われ、やり直している矢先に電話がかかる。「やっぱりあれがいい。」もうやり直してしまったから、そのあれは無いよ。でも、全然違う!って言ったよね?「違う」と言われ新たに受け取ったデッサンと以前に渡されていたのを比較してみる。前のデザインは具象で後のは抽象…それこそ私が言いたい「全然っ違う!」…で、どうすんの?どっち?まず決めてくれる?
「ノン!」と言われても、しばらくは手を着けずに置いておく。それから次の機会に見せたら「ウイ」に変わるかもしれないから。でも気をつけないといけにのは、こういう反応はデザイナーのアイデアがまとまっていない証拠。だから、次に見せたら「ノン」になる可能性もある。そうなるともう何もしない方がいい。彼らにもいろいろ事情があるのだろう、追いつめてはいけない。自分の首を締めるようなものだから。今日は「ノン」でも明日は「ウイ」なら良しとしよう。
アイデアの有無や実力の程はさて置き、彼らがとりあえず「ノン」と言っている疑いも、実は有る。日本人はとりあえず「Yes」と言うなんて批判されたりするけど、フランス人は逆。それを象徴するかのように、まだほんの子供、特に女の子が「ノン」を連発するのを少なくなく目撃する。両親が何も言う前にまず「ノン!」、本当は「ウイ」な時も、「ノン!」。こういう教えずとも学んでしまう習性こそ伝統と言えるかも、思わず感心して首を降る。
デッサンは書きなぐり、出来る出来ないでなく、はなからする気なし。具体的なアイデアなんて最初からないみたい。計画は風の向くまま気の向くまま。変更に次ぐ変更。完成間近になっても「んーこことここのパーツを取り消して、これを付け加えてちょーだい!」また、その後驚きの発言「もう一個同じものを作ってちょうだい。でも一個目で取り消したパーツを付けて」。もう「ノン」と言うのを楽しんでいるとしか思えなくなって来る。
『どんなによく出来ていて、これでいいと心で思っていても、「ここをちょっと」と言いたいものなんだ』とはデザイナーの友人による弁。「そうなんだよね」とあっさり告白してくれた。そうか…。「ノン」という喜び、これは確かにあることがここでも証明された。ちなみに彼はパリに住む日本人。ということは、これは特にパリを拠点に活躍するデザイナーに共通する症状といえるな、やっぱり。
でも、何はともあれ、ここまで試行錯誤を徹底して結実するビジューの出来栄えは特別。細部までこりに凝ってオリジナリティーは一線を画す。予算の上でも納得させるものがある。こうなってくるとデザインの紆余曲折の必然性にも説得力が出て来る。
そうはいっても、どうしたいかわからないなら「Yes」と言っておけばいいのに、なんて思うのはいかにも日本人的な発想なのかな。じゃあ代わりにフランスで流行の言葉、「Restez zen、ちょっと待ってください。落ち着いて」とでも言ってみるか。私達は皆、修行中の身なのだな。
プチフランス語講座:
“Restez zen”[レステ ゼン](心静かに、落ち着いて)、oui[ウイ](はい)、non[ノン](いいえ)